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「黒髪強要」騒動を受けて:やっぱり「学校」って「軍隊」だと思うんですよね

みなさん、こんにちは。

タングステンです。

 

先日から、各メディアで報じられている「黒髪強要」騒動。

Twitterでもさまざまな意見が飛び交っています。

 

私も今回の騒動に対して「ひどい!」と思っています。

 

ただ、今回の騒動から私がもっとも感じたのは「『黒髪強要』をされた女子生徒が可哀そう」よりも、「『学校』という組織の歪さ」でした。

 

今回の記事は、「黒髪強要」騒動から「学校」という組織を考察してみようと思います。

 

「黒髪強要」騒動におけるインターネット上の意見・主張

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今回の騒動、いや問題といったほうが適切かもしれません

今回の問題に関して、Twitter、引いてはインターネット上で見受けられる意見の多くは以下のようなものです。

 

  • 「『黒髪強要』はいじめ(差別)だ!」
  • 「懐風館高校および、大阪府教育委員会は許されない!」
  • 「不当な強制に断罪を!」

 

以上のような意見はたしかにその通りだと私も思います。

 

しかし、私自身、まだ問題の詳細を把握していません。

問題を詳しく知らずに一方的に批判したり、攻撃的な意見を述べたりするのは得策ではないでしょう。

 

以降で、今回の「黒髪強要」問題の詳細をまとめていきましょう。

 

「黒髪強要」問題の詳細

今回、当該問題の詳細をまとめるにあたって、以下のサイトを参考にしています。

記事で書いている情報のソース元は以下のサイトなので、気になった方は確認してください。

mainichi.jp

www.sankei.com

jp.reuters.com

www.huffingtonpost.jp

 

髪の毛の黒染めを強要された女子生徒は、地毛が茶色だったにもかかわらず、教諭から黒染めをするように指導されていたようです。

はじめは彼女も教諭の指導に従って頭髪の黒染めをしていたようですが、教諭から「(黒染めの具合が)不十分だ」「黒染めを約束するまで帰さへんぞ」と言われていたようです。

 

また、頭髪を黒く染めないことを理由に、授業に出席できなくされたり、文化祭や修学旅行といった学校行事への参加を禁止されたりしていたようです。

 

さらに、彼女は昨年(2016年)の9月に黒染めを強要する教諭から「黒染めしないなら学校に来る必要はない」と言われたそうです。教諭の発言により彼女は学校への登校をストップし、不登校になったそうです。

 

不登校のまま昨年度(2016年度)は終わったようなのですが、高校側の一存で彼女の名前が今年度(2017年度)の懐風館高校の名簿から削除されていたようです。

ほかの生徒や保護者には「彼女は退学した」と虚偽の説明をしたそうです。

 

頭髪を黒く染めることを強要されていた彼女ですが、先にも述べているようにはじめは黒染めをしていました。ただ、何度黒染めをしても教諭から難癖をつけられ、そのたびに黒染めをやり直していたらしいです。

何度も何度も染色を繰り返した結果、彼女の頭皮はかぶれ、頭髪も傷んでボロボロになってしまったそうです。

 

教諭から難癖をつけられたときには、教諭に「お前は母子家庭だから茶髪にしてるのか」と中傷されたこともあったようです。このような教諭の指導が彼女に行なわれるなかで、過呼吸で倒れて救急車で運ばれる事態になったこともあるそうです。

 

以上のように、彼女は髪の毛の色が黒色ではない(彼女の茶髪は生まれつきの頭髪だった)ことを理由に教諭から指導を受け、その結果として身体・精神共にダメージを受けたことになります。

 

身体・精神にダメージを受けた彼女は、約220万円の損害賠償大阪府に請求する訴えを大阪地方裁判所に起こしました。彼女は「指導の名の下に行われたいじめだ」と訴えているそうです。

 

しかし、大阪府側は今月(2017年10月)27日に彼女に損害賠償請求を棄却するように求めました。

今のところ、懐風館高校も大阪府教育委員会高等学校課も、取材に対して「係争中なので答えられない」と話しているそうです。

 

というわけで、今回の問題の詳細はだいたいこんな感じです。

私なりに「黒髪強要」問題についてまとめてみました。

 

  • 黒髪を強要された女子生徒は地毛が茶髪だった
  • 教諭による黒髪の強要は生徒への「指導」の名のもとに行なわれていた
  • 度重なる黒染めの結果、女子生徒の頭皮および頭髪はダメージを負った
  • 教諭は「指導」の際に、女子生徒に対して教育を受ける機会の剥奪中傷を行なっていた
  • 教諭の「指導」は女子生徒の精神的苦痛を伴うものだった
  • 教諭の「指導」の結果、不登校となった女子生徒の名前を高校側の一存で名簿から削除した
  • 女子生徒は大阪府に対して損害賠償請求を訴えたが、大阪府は女子生徒に請求の棄却を求めた

 

改めてまとめてみることでわかりましたが、相当悲惨ですね。

そりゃあTwitterも荒れますよね......

 

「黒髪強要」問題の詳細を掘り下げる

先にまとめたように今回の問題は、懐風館高校の教諭による女子生徒への「指導」をきっかけとして生じた問題です。

彼女への影響をはじめとするさまざまな問題が「黒髪強要」問題という一つの大きな問題に昇華したのだと思われます。

 

 

誤解されると困るので断っておきますが、先にまとめた問題の一つ一つを小さな問題とは考えていません。彼女が受けた身体・精神へのダメージは決して看過できるものではありません。

しかし、この数日で報道されている「黒髪強要」問題を取りあげるにあたっては、「黒髪強要」問題という一つの問題の要素として先にまとめた問題を捉えるのが、今回の問題の詳細を理解しやすいと考えた結果、「黒髪強要」問題を一つの大きな問題として定義しました。

 

また、先の文章中で用いている「昇華」という言葉には「物事が一段上の状態に高められること」(デジタル大辞泉より引用)という意味がありますが、今回用いている「昇華」は決して良い意味で用いているのではありません。

「一段上の状態」というのは、状態が一段階悪化したという意味だと考えてください。さらにわかりやすく表現するなら「悪さのレベルがあがった」ということです。

 

 

話をもどしましょう。

「黒髪強要」問題において、身体・精神へのダメージや教育機会の剥奪・中傷は要素の一つだと考えています。これらの要素が集合することによって「黒髪強要」問題という一つの問題が顕在化したのだと考えています。

 

図にすると以下のような感じです。

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わかりますかね?

円の周辺にある角丸四角形それぞれが「黒髪強要」問題の要素です。

 

上部の図にある4つの要素について、独自に掘り下げていこうと思います。

 

身体・精神のダメージ

身体・精神のダメージは女子生徒が教諭に黒染めを強要されたことによって生じた問題です。掘り下げる4つの要素のなかでは、女子生徒が受けた被害としてもっともわかりやすいものだと思います。

 

身体のダメージとは、度重なる染髪による頭皮および頭髪へのダメージのことです。頭皮はかぶれ、頭髪はボロボロになったようです。

 

身体へのダメージについて、女子生徒は完全に被害者です。女子生徒は自身の茶髪を地毛だと宣告していました。

また、彼女の母親から学校に娘(女子生徒)の頭髪が地毛であるという旨の話は通してあったそうです。

 

それにもかかわらず、教諭、引いては懐風館高校側は女子生徒に対して「指導」を行なっています。つまり、彼女の宣告や彼女の母親の話は無視されたことになります。

 

精神のダメージとは、教諭が行なった「指導」によって女子生徒が起こした過呼吸や彼女に対して行なわれた中傷によって女子生徒が傷ついた(可能性がある)ことを指しています。

 

女子生徒は「指導」の最中に過呼吸に陥るほどの緊張状態にあったと考えられます。それほどの緊張状態に陥るような「指導」が頭髪の指導として適切なものなのでしょうか。

私には適切だとは思えません。

 

また、女子生徒に対してなされた中傷が彼女に与えた精神的ダメージを考慮する必要もあるでしょう。「母子家庭だから茶髪なのか」という教諭の発言は偏見に満ち溢れた不適切な発言であると考えます。その発言をされた女子生徒が苦しい想いをしたことは想像に難くありません。

 

教育機会の剥奪・中傷

教育機会の剥奪・中傷は教諭による「指導」の際に、教諭が発した言葉から推定されるものです。のちに言及する難癖の具体的内容にあたります。

 

教育機会の剥奪は、頭髪の色を理由とする授業への出席禁止や修学旅行や文化祭といった学校行事への参加禁止のことを指しています。

 

教育機会の剥奪を「学校生活における規則(校則)を破った者へのペナルティ」と捉える場合、校則に「黒以外の頭髪の色を認めない」とあれば、女子生徒はペナルティを課される対象となってしまいます。

恐らく、今回の問題において教育機会の剥奪が発生した根源的理由も懐風館高校の校則に従った結果でしょう。

 

しかし、頭髪の色を理由に教育機会を剥奪することが正当なのでしょうか

 

今回の問題の被害者である彼女のように、地毛が茶髪の人もいます。また、海外からの留学生には金髪の人がいるかもしれません。ハーフの人はどうでしょうか。

 

また、幼少期から水泳を習っている人の場合、プールの塩素で頭髪が脱色してしまうことがあります。私の友人に水泳の影響で頭髪が脱色してしまい、すこし茶色っぽい色の頭髪になっている人がいます。

ちなみに、その友人も高校入学当初、生徒指導室に呼び出されて染髪をしているかを執拗に聞かれたそうです。

 

このように、さまざまな人がいるなかで、頭髪の色を理由に教育機会を剥奪することは正当といえるでしょうか。

そして、染髪することの何が悪いのでしょうか

 

そもそも、「黒髪以外認めない」という校則が正当性を欠いている可能性を考慮する必要があるでしょう。

 

中傷は教諭による「指導」の際に、教諭の発した「お前は母子家庭だから茶髪にしてるのか」という発言を指しています。

 

この教諭はどうして「母子家庭=茶髪」と考えたのでしょうね。

私はこの点が不思議でなりません。

 

母子家庭であることと、頭髪の色が茶色であることにどのような因果関係があるというのでしょうか。説明できるのであれば、ぜひ説明していただきたいですね。

 

まあ、無理でしょうけど

 

このような、偏見をもとにした中傷をされた人の気持ちを考えることができないのでしょうか。あぁ、できないからこのような発言をするんですよね。

 

思うに、女子生徒を中傷した教諭には「当事者意識」が足りていなかったのでしょう。

 

多いですよね、「当事者意識」のない人。

グループで役割を決めるときに「(比較的負担が大きいと思われる役割を)しんどいからやりたくな~い★」と臆面もなくグループメンバーの前で言う人がいますよね。

 

私、いつも思うんです。「じゃあ、君がやりたくないと思っているその役割を担当する人の負担を君は考えたことがあるかい?」って。

 

君が『やりたくない』と言った役割をさせられる人がいることを君はわかっているかい?」といつも考えてしまうのです。

 

これは「当事者意識」とはすこし違うのかもしれません。

ですが、今回の問題において女子生徒が教諭に言われたことと本質的には同じだと思います。

 

その役割を担当する人、その発言をされた人のことを考慮しないためにこういった事態が発生するのだと私は思います。

 

教諭による難癖を伴う「指導」

教諭による難癖を伴う「指導」は教諭による「指導」のなかで「(女子生徒が黒染めをしたにもかかわらず)不十分だ」「黒染めを約束するまで帰さへんぞ」という発言そのものが難癖ですね。

難癖の具体的な内容は先の「教育機会の剥奪・中傷」で触れているのでこちらでは割愛します。

 

教諭による「指導」は黒髪を強要された女子生徒曰く「指導の名の下に行われたいじめだ」とのことです。教諭の「指導」は、その「指導」を受けていた女子生徒が「いじめ」だと感じるようなものであったことが彼女の発言から読み取れますね。

 

ただ、私個人としては「いじめ」という表現はなんだか違うような気がします。

「いじめ」というよりは、「からかう」「いびる」「おちょくる」といった表現のほうが的を射ているような気がします。

 

特に「いびる」、これがしっくりきているのではないでしょうか。

「いびる」という言葉には「①弱い立場の者を陰湿にいじめる、②無理を言って困らせる、③時間をかけてじわじわ熱する」(大辞林 第三版より引用)という意味があります。③は置いておいたとしても、①と②の意味は女子生徒が受けた「指導」を表しているように思います。

 

教師と生徒という関係性において、教師は生徒より上位にあるという非対称の関係があります。つまり、生徒は教師よりも弱い立場にあるということです。これは「いびる」という言葉の①の意味にあてはめることができます。

 

②の意味はどうでしょう。

女子生徒は教諭の難癖を伴う「指導」に辟易していたことでしょう。頭髪を黒く染めても「不十分だ」と言われ、「黒染めを約束するまで帰さない」と言われるのです。「いびる」の②の意味が十分あてはまると思います。

 

難癖をつけて生徒を「いびる」教師、なかなかに悪質ですね。

 

「指導」を原因とする不登校

「指導」を原因とする不登校は、先で述べている決して良いとは言えない「指導」の結果、女子生徒が不登校になったことを指しています。

 

女子生徒が不登校になったきっかけは、教諭の「黒染めしないなら学校に来る必要はない」という発言です。要するに、学校に来るなと言われたから、行くのをやめたのです

 

このような場合、たびたび見かける意見に「来るなと言われて来ないのは怠けだ!」とか、「帰れといわれたから帰るのか!お前の意思はないのか!」といったものがあります。最近では、あまり見聞きすることもありませんが、このような意見を表明するのは年配の方に多いように思います。

 

「来るなと言われて来ないのは怠けだ!」という意見も、「帰れといわれたから帰るのか!お前の意思はないのか!」という意見もちゃんちゃらおかしいものですよ。

 

どちらにも言えますが、「あなたが『来るな(帰れ)』と言ったのに、実際にそうしようとするとそれはそれで納得がいかないってどういうことですか?」と疑問に思ってしまいます。

 

そういえば、こういった発言をする教諭って結構多いですよね。

 

私も中学生のころに部活動の顧問から「お前もう帰っていいよ」と言われたことがあります。「それでは、お先に...」と思って帰り支度をしようとしたら、「なにしとんねん!」と余計に怒られることになりました。

当時の私は何かがおかしいとは思っていましたが、何がおかしいのかがわからず、ただ一方的に怒られるだけでした。

 

今回の問題における女子生徒が不登校になったきっかけを読んで、自身に起きた出来事を思い出しました。

 

「黒髪強要」問題から見る「学校」という組織の歪さ

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さて、やっと本題ですね。

改めて説明しておくと、私が今回この記事を書こうと思ったのは、今回の問題から「『学校』という組織の歪さ」を感じたからです。

 

そもそも、私は「学校」という組織が大嫌いです。

特に中学校・高校に関しては、二度と通いたくないと思うほど嫌いです。

 

 

私個人の意見ですが、私は「学校」という組織は「軍隊」だと思っています。記事タイトルにも書いているので、察していた方も多いでしょう。

 

なぜ、「学校」を「軍隊」だと思うのか。

それを語るためには、私の過去を振り返る必要があります。

 

中学時代の経験

私が「学校」を「軍隊」だと思うようになったのは中学生のころです。

 

私は中学生のころに所属していたサッカー部で「いじめ」のようなものにあっていました。

今考えると、「いじめ」というより「悪質なからかい」とか、「陰湿な嫌がらせ」なのですが、当時の私は「からかい」や「嫌がらせ」に対する上手い躱し方を知らなかったため、馬鹿正直に真正面からそれらを受けていました。

 

当時の私はいいおもちゃだったのでしょう。自分たちの「からかい」「嫌がらせ」に対して必死になって食いついてくるのですから、遊び甲斐があったでしょうね。

 

まあ、「からかい」や「嫌がらせ」を受ける側はたまったものではないですけど。

 

それこそ、いろいろなことをされましたね。

 

顧問が見ていないところでの暴言・舌打ち・嘲笑は日常茶飯事でしたね。片づけなどの雑用を押し付けられることも多かったです。

水筒の中身を入れ替えられたこともありましたね。お茶を入れていたはずが、よくわからない甘ったるいジュースになっていたのは驚きましたね。

部室に閉じ込められたこともありましたね。内側から鍵を開けることができない扉だったため、部室にあったハンマーでドアノブを破壊して脱出しようとしました。結局、閉じ込めた人たちが私の奇行に焦って鍵をあけたため、扉を破壊することなく脱出できました。

 

また、部活中以外のときにもいろいろなことをされました。

 

部員のなかでも同じクラスにいた人からは、持ち物を隠されることが多かったですね。

近くの席の部員からは消しゴムのカスや紙の切れ端を投げられていました。

別のクラスの部員からは、廊下ですれ違うたびに悪口・嘲笑を向けられていました。

 

同じ生徒という立場である部員からの「からかい」「嫌がらせ」だけなら耐えることができました。

幸い部員以外に友人がいたため、拠り所はありました。

 

しかし、サッカー部の顧問から嘘をつかれていたことを知ったときはショックでした。

その顧問は「成績が良い者をレギュラーにする。部活ばかりやっていて勉強をおろそかにするな」という旨の話をたびたびしていました。

 

当時の私は良くも悪くも純粋でまっすぐだったので、顧問の言葉を何一つ疑うことなく信じて文武両道に励みました。

勉強はそれなりにできました。少なくとも部員のなかでは上から3番目以内に入る成績をとっていました。ただ、サッカーに関してはどちらかというとへたくそな部員でした。練習は毎日休まず、朝練にも参加していました。加えて、下校時間ギリギリまで自主練をして、帰宅してからも練習をしていました。

へたくそなりに一所懸命に部活動に取り組んでいましたが、私は一向にレギュラーに選ばれることもなく、ベンチに入ることもできなくなっていきました。

 

私は「たしかにへたくそだけど、毎日練習にも参加してるし、学校の成績もそれなりに上位なのにどうしてベンチに入ることもできないんだろう」と疑問に思いました。

 

疑問を抱えた矢先に、私と同じようにへたくそながらも一所懸命に頑張っていた同級生の部員がサッカー部を辞めました。その部員は私以上に部員から「嫌がらせ」を受けていました。それこそ「いじめ」だったと思います。

また、辞めた部員は顧問からも執拗にいびられていました。「お前はそんなだからダメなんだ」と否定されたり、「やる気がないなら帰れ!」と言われたりしていました。

 

そんな同級生が辞めたことによって、「いじめ」の矛先が私に向くことになりました。

 

私に矛先が向けられるようになってから、私は毎日欠かさず参加していた練習を週に1回くらいのペースでサボるようになりました。はじめは「病院にいかなければいけない」「親の用事がある」など、何かと理由をつけて練習を休んでいました。

 

しかし、だんだんサボる理由を考えることもなくなり、サボる頻度も高くなっていきました。部活をサボることで部活中に「いじめ」を受けることはすくなくなりました。

 

その代わりに、部活以外の時間、つまり学校生活に「いじめ」が侵食してきました。教室でのいびりがエスカレートし、クラスの人やサッカー部とは関係のない教諭に迷惑をかけてしまう事態になったこともあります。

 

当時はだんだん自分がおかしくなっていました。家に帰ると学校では抑えていた感情が爆発して、毎日帰宅すると同時に泣いていました。

母親に自分がなにか悪いことをしたから「いじめ」られるのか、自分はどうすればいいのかを泣きじゃくりながら問うていました。今になって考えると申し訳ないことをしたなと思います。

 

この頃から家の中以外の場所で自分を表現したり、大きく感情を表したりすることができなくなりました。また、家族や親友以外の人を信じることができなくなっていました。

クラスのなかで暗い顔をしているのはマズいと思ったのか、気づいたときには自然な作り笑顔や愛想笑いができるようになっていました。

 

また、自分がどのような役割を期待されているのか、他人(主に教諭)は私がどのような行動をとり、どういった成果を出せば称賛してくれるのかがわかるようになっていました。

その結果、私にとって学校生活とは、上位にある者(=教諭)にとって自身がどれだけ価値のある存在になることができるかという一点のみを重要視する生活になりました。

 

そして、私の学校生活においてサッカー部での活動は「精神的に疲弊するだけで、何一つとして得るものはなく、無駄な時間を費やすだけのもの」になってしまいました。

 

私はサッカー部員でいることに意味を見出せなくなってしまったので、サッカー部を辞めました。

 

サッカー部を辞めた次の日、帰宅途中にサッカー部員15人くらいに囲まれました。

「殴られるのかな?」と思っていましたが、別にそんなことはなく「どうして部活を辞めるんだ?」とか「みんな待ってるから戻ってこい」とか「先生も心配してるぞ」とか、そんなしょーもない言葉が私に投げかけられるだけでした。

 

彼らの放つ言葉のすべてが嘘にしか聞こえませんでした。

特に「先生も心配してるぞ」という言葉を聞いたとき、「今私を囲んでいる部員たちは顧問に言われてやっているんだろうな」と思ってしまいました。

 

もし、本当に心配していたのであれば顧問が直接私のもとに来るでしょう。

しかし、実際にはそんなことはなかった。

 

私は顧問の差し金でやってきたサッカー部員に囲まれて、無駄な時間を浪費しただけでした。

 

そんなことなら一発殴られて、すっぱり縁が切れるほうが楽だとその時は思っていました。

 

ここまで書いてきた中学時代の経験があったことで、私の学生生活から色彩が消えました。

 

サッカー部を辞めたあとの中学生活はひたすら機械のように勉強をしただけでした。

恐らく、私自身が部活動を辞めたことに引け目を感じていたのでしょう。「勉強だけは負けるわけにはいかない」と盲目的に考えた結果、親から「そんなに勉強ばかりしなくてもいいんだよ」と言われました。私は「休む」ということを忘れて「スタディホリック」状態になっていたのだと思います。

 

高校進学後は、中学時代の経験をもとに以下のような自分ルールを作って学校生活を送っていました。

 

  • 人とかかわるから、いさかいや面倒ごとが起きる
  • 他人を信用するから、裏切られた気分になる
  • できる限りのことは自分でやってしまえばいい
  • クラスメイトとは必要以上に親密な関係にならないようにする
  • どのグループにも属さず、常に中立・不可侵の立場を貫く
  • 常に冷静に、周囲を警戒しておく etc.

 

このように、自分のルールを規定しないと学校生活を送ることができなかったのです。

 

「学校」は「軍隊」だ

このような経験が私を「学校」嫌いにしています。

 

私が「学校」を「軍隊」だと思う理由は、「学校」という組織に所属する成員に対して画一化を求めながら、成員のあいだには暗黙の上下関係が存在しており、上位の成員ほど、さらに上位に位置している教諭に無条件で良い待遇を与えられるところにあります。

 

画一化は教諭による指導や校則によって行なわれます。

たとえば......

  • 着用する服は指定の制服
  • 制服の着用方法が決められている
  • インナー・靴下・靴の色に指定がある
  • 頭髪の色・長さや髪型に指定がある
  • 職員室に入室するときは決まった作法がある(間違えた場合ははじめからやり直し)
  • 原則として全生徒が部活動に所属することになっている

などが生徒の画一化をはかるためのものですね。

 

頭髪の色・長さや髪型について「学校」がとやかく言う筋合いがあるのかというと微妙です。

多くの場合「中学生らしい頭髪がのぞましい」といった訳のわからない理由づけがされています。「中学生らしい」とはなんなのでしょうか。

 

服装全般についても、やたらと「中学生らしい」ことが強調されますね。

 

こうした画一化は、軍隊における集団生活と訓練を彷彿とさせます。

 

成員のあいだの暗黙の暗黙の上下関係というのは、いわゆる「スクールカースト」のことです。

クラス内において「スクールカースト」の上位に位置している成員は俗に言う「イケてるグループ」「1軍」にあたります。

 

「1軍」に所属する成員は、そのクラスの成員のなかで最高の権力と発言力を有します。そのため「1軍」の意見はクラスの意見となります。

 

スクールカースト」において下位に属している成員は、そのクラス内では「モブキャラ」のような存在になります。

だいたいが、何か一つの役割を負わされている成員(例:宿題を見せる係、雑用係)になるか、いてもいなくても構わない人間のどちらかになります。

 

実際、高校時代の私がクラス内「スクールカースト」最底辺の「宿題を見せる係」でした。私の場合は宿題に限らず、写し忘れたノートを見せたり、勉強を教えたりもしていたので、「勉強係」みたいになっていたように思います。

 

「学校」という組織に属する成員のあいだだけでも上下関係が発生します。しかし、所詮成員は教諭よりも下位の存在です。

「学校」における上位権力者は教諭です。成員がどれだけ「スクールカースト」を上り詰めたとしても、成員を評価して数値化するのは教諭です。

 

「学校」という組織を運営する教諭の意に沿わないことは、「罪」になります。

そこにどのような事情があったとしても、「罪」であることに変わりはありません。

 

今回の「黒髪強要」問題において、女子生徒は地毛が茶髪であったにもかかわらず、教諭から執拗に黒染めを強要されています。

この問題も当該教諭にとって女子生徒の茶髪が気に入らなかったから執拗に黒染めを強要したと考えることもできるのではないでしょうか。

 

おわりに

「学校」という組織は、組織がもつ閉鎖性が故に腐敗しやすい特性をもっています。

 

今回の「黒髪強要」問題も強要を受けた女子生徒が告発したことではじめて問題が明るみに出ました。つまり、「学校」という組織は問題をいくらでも隠蔽することができる組織なのです。

 

この隠蔽体質に関しては、日本が大日本帝国だったころの軍隊にそっくりだと思うのは私だけでしょうか...?

 

今回はここまでにしましょう。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。

 

それでは(^^)/